少年犯罪-統計から見たその実像



 本書では、@戦後、一貫して少年刑法犯が増加してきたこと、A窃盗、強盗や恐喝、傷害など、かなりの犯罪で戦後最悪の事態に至っていること、B一九七〇年代から少年犯罪の低年齢化が進み、現在も進行していること、C七〇年代以降、少女の犯罪の増加傾向が著しいことなどを指摘した。
 そして、我が国の少年に関する広義の司法制度の運用は、少年法改正論議などを経験し、かなりの幅で揺れ動いてきたようにも見える。しかし、七〇年代以降は、「保護」の理念から少年の刑事処分を少なくして少年の自由の侵害を軽減し、一方で、ぐ犯という少年への「干渉」も制限し、その意味では「保護」を後退させてきた。つまり、少年に対してできる限り干渉しないようにしてきたのである。それは、実は、学校も家庭も同じである。現在問われているのは、まさにその点なのである。
 現在の少年非行の原因に関し、様々な学問分野から、様々な答えが提示されている。@ヴァーチャルリアリティーと現実の境界の喪失、A低俗な暴力、セックス映像やマンガの模倣、そして、Bスナック、インスタント食品ばかり食べることによるカルシウム、カリウムの不足、C夜ふかし、朝ごはん抜きの不規則生活、D少年期における疑似非行行動の欠如、Eテレビ、マンガの影響(活字離・言語能力欠如による情動抑制能力の欠如・暴力志向)等である。
 しかし、最も常識的でかつ支持の多いものは、家庭の教育・しつけ機能の低下と、子どものころに抑制することの訓練ができおらず忍耐力が形成されていないこと、教育現場での自由尊重の行きすぎ、子ども中心主義、充足されすぎ等である。
 一方、ストレスの多い、現代の子どものおかれた状況(社会)が原因に挙げられることもないわけではないが、非行少年の置かれている経済的基盤の改善や受験競争の改善というような視点のみでは、現在の少年犯罪に対処できないことは明らかであろう。かつて、それらはもっと劣悪であった。むしろ、豊になり、楽になったからこそ非行は増加したのである。家族の崩壊などを経由して・・・・。
 校則(丸刈り・制服の強要等)で縛られ、自立した自己を見失い、拘束するものへの同調がうまくできなくなり凶行へと切れてしまうという穿った見方も見られたが、むしろ、現代の子どもは拘束されなすぎて、自立できていないようにも思われる。反発するにも、まず規範の継承が必要なのである。すべての国民が均質化した中で、自分の「役」が見えなくなったことは否定できない。まさに、「生きることの意味」が自問されなければならないのである。
 ただ、現在でも、日本の成人犯罪率の低さは驚異的なレベルにある。少年も大人になれば犯罪を犯さなかったのである。これは、大人の社会における犯罪抑止力(規範)の残存を意味するのであろう。一方、戦後の少年犯罪の増加や質的変化は大きく捉えれば「少年を取り巻く社会規範の喪失」と説明できる。 家族の変質、自由と放任の混同、規範的統制は個性・能力を削ってしまうという錯覚の蔓延、情報化社会におけるマスコミの規範破壊的機能・・・。これらが現在の少年非行の遠因であることについての意見の一致がみられるようになってきた。それ故、少年非行には、この薬を飲めばすぐ元気を回復するというような「特効薬」などない。いわば、糖尿病のような生活習慣病なのである。甘やかして砂糖を与えすぎたことが、血管を弱め、血液をどろどろにした。何時の頃からか、「売れればよい」と高校生の消費動向に気を使い、少子化により「稀少化する」子どもに嫌われないように媚びる。脂肪を採りすぎてコレステロールが増加して血栓を作る。それが、外に顕れるときには、脳卒中や狭心症など、様々な形を採るのである。対策は、栄養をコントロールすることであり、強い血管、さらには体力をつけることなのである。
 今後、日本の少年犯罪をさらに細かく分析して、時代の要請に叶った犯罪理論、政策を構築していく必要がある。従来の「犯罪少年の一人一人の事情にあわせたプログラムを組み、犯罪原因を治療する」という理想論は、犯罪数が少ない時代には、かろうじてわずかな説得力を有してきた。しかしこのような「大きな政府」論は、もはや成り立たない。規制緩和・行革の時代に、少年院職員をどれだけ増加しうるのであろうか、家庭が崩壊していくなかで親代わりになれる公務員をどれだけ作れるのだろうか。現在、犯罪検挙率が危機的な形で落ちている。しかし、警察官の増員はできない。それなのに国家は、現に犯罪を犯した「かわいそうな少年の治療」に、無制限に税金が使うべきなのだろうか。理想的施策と現実的施策は異なる。あらゆる要介護者に、無償で十分な介護がなされうるわけではない。そして、犯罪被害者には、まさに微々たる額しか公費は投入されていないのである。
 現在必要なのは、「注意されるとすぐ切れてしまう」ような少年を作らないことであり、それには幼児期からの規範教育、躾が重要であろう。規制に反発して犯罪を犯す場合、ほとんどは、規制することが犯罪原因なのではなく、規則に従うだけの社会性が教育されてこなかったことによる。少年法改正も、規範の強化に役立つ方向で考えていかなければならない。
 ただ「規範」といっても、その内実が問題であるし、従来の規範をそのまま少年たちに適用しうるわけではない。そして、少年たちの中に新しい時代の規範を形成していくのは、本来的に教育の問題である。その点を自覚した上で、つまり刑事政策の世界の限界を十二分に意識した上で、しかし、現在の我が国の最大の刑事政策上の課題である少年犯罪に取り組んでいかなければならない。


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